《大江戸名所めぐり 浮世絵編》歌川広重「名所江戸百景」めぐり

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本所・向島

第30景「亀戸梅屋鋪」(春)
亀戸梅屋敷「清香庵」は、呉服商・伊勢屋彦右衛門の別荘で、シーズンともなると、大勢の人が訪れて大変賑わったといいます。中でも、「臥龍梅」(がりょうばい)と呼ばれる梅が有名でした。
明治43年(1910)の大洪水で廃園となり、今では屋敷も梅の木も残っていません。歩道に植えられた梅の木と石碑だけが当時を偲ばせます。
中央の画像は「臥龍梅」の石碑のそばに植えられた梅の木を広重の構図風に撮影しました。右の画像は「臥龍梅」の石碑。
第31景「吾嬬の森連理の梓」(春)
北十間川北岸の吾嬬の森を描いたもので、ここには吾嬬権現社がありました。境内には樟(くすのき)が立っていて、一つの根から二つの幹を見せる姿が連理と呼ばれ、神木となっていたといいます。
吾嬬権現社は吾嬬神社(右の画像)として、現在もこの地にあります。神木の「連理の楠」は大正時代に枯れてしまったそうですが、株だけが残り、墨田区の登録文化財に指定されています。撮影地点からは、かろうじて吾嬬神社の木々が見えました。
第32景「柳しま」(春)
横十間川が、北十間川に対しT字型に合流するところとその周囲の風景を描いています。この一帯は柳の木の多い土地だったことから柳しまと呼ばれていました。絵に描かれている橋は「柳島橋」。橋のたもとには会席茶屋「橋本」と赤い塀に囲まれた「妙見山玄和院法性寺」が描かれています。
法性寺は現在も祈願と供養の寺として親しまれており、境内には近松門左衛門、豊国筆塚、落語柳家など現存する碑が多数あり、江戸名所の一つになっています。右の画像は柳島橋から撮影した風景。
第34景「真乳山山谷堀夜景」(春)
隅田川東岸から西岸の真乳山と山谷周辺を描いたもので、対岸には山谷堀が見えます。新吉原に行く人は山谷堀から舟で行き、日本堤から駕籠か徒歩で向かったといいます。対岸の小高い緑の山が真乳山。ここにあった聖天宮は、今も待乳山聖天(右画像)として多くの人が訪れています。
第35景「隅田川水神の森真崎」(春)
隅田川大堤から八重桜を前景に、水神社と隅田川が描かれています。対岸は真崎方面。水神社(現在の隅田川神社)は、かつて樹木が繁茂し、水神の森とも称された微高地でした。周囲が洪水になっても沈む事がなく、「浮島神社」の名もありました。この付近の大堤には八代将軍吉宗の命により、庶民のために桜が植えられ、桜の名所になりました。現在は隅田川神社付近からは高速道路に遮られ、隅田川は見えません。
第39景「吾妻橋金龍山遠望」(春)
墨田川での舟遊びが描かれ、遠景に金龍山浅草寺と五重塔が見えます。舟遊びは江戸っ子にとって贅沢な楽しみの1つでした。芸者とともに桜の花びらの舞う隅田川から浅草寺や富士山を眺めていたのでしょう。現代ではビルに遮られて、浅草寺は全く見えません。吾妻橋は東武線の橋で隠れています。右画像は浅草寺の五重塔。
第65景「亀戸天神境内」(夏)
亀戸天神の太鼓橋を描き、フランスの印象派クロード・モネにも影響を与えた作品です。正保三年(1646)九州太宰府天満宮の神官、菅原大鳥居信祐が神のお告げにより、飛び梅の枝で菅原道真の像を刻み、亀戸村のほこらに祀ったのが亀戸天神の始まりと言われています。亀戸天神は特に藤が有名で多くの参拝者が訪れたといいます。現代も広重が描いた風景を見ることができます。
第91景「請地秋葉の境内」(秋)
請地とは、領主から管理を任された地頭が支配する土地のことをいいます。向島の請地に満願寺があり、その住職が農民の屋敷内にあった千代世稲荷を譲り受け、同時に秋葉権現を勧請し、建設したのが秋葉大権現社です。境内の北に築山や池を造り、四季を通じて江戸の名所になりました。秋には紅葉が見事だったそうです。神社の周りには料理屋や酒屋もできて、大いに賑わいました。現在の秋葉神社周辺からは広重の構図が望めないため、秋の花を入れて当時を偲ぶイメージを撮影しました。右の画像は現在の秋葉神社です。
第92景「木母寺内川御前栽培」(秋)
当時の木母寺周辺は内川(入江)になっていました。浅草寺を参詣した後に舟に乗って隅田川を遡り、木母寺の梅若伝説で有名な梅若塚を訪ねるのが人気のコースだったといいます。絵の手前に描かれているのは、門前にあった料理屋。奥の橋は幕府の御前栽(野菜)畑に通じていました。
現在の木母寺は芸道上達の寺としても知られ、梅若塚も残っています。梅若塚は、謡曲「隅田川」によって能や歌舞伎で広く知られている旧跡です。
第104景「小梅堤」(冬)
この絵に描かれている水路は中川を水源とし、もともと本所や深川方面に水を供給するために掘られた亀有上水でしたが、廃止されたあとは灌漑用水と曳舟水路として利用されました。小梅村での土手を小梅堤と呼んでいたそうです。
絵に描かれた水路は曳舟川とも呼ばれ、現在の曳舟川通りがその跡に相当するようです。絵の中では橋の前に梅の木が描かれていますが、曳舟川通りからは東京スカイツリーを見ることができます。

歌川広重『名所江戸百景』MAP  本所・向島編

歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」が描かれた場所(推定地点)を地図上に示しました。ぜひ実際に回ってみてください。