江戸買物獨案内

江戸時代からあった、ガイドブック&ガイドマップ

■画期的な広告媒体
1824年(文政7年)の春、上方の版元から、江戸の商店、飲食店を案内するユニークなガイドブック『江戸買物獨案内(えどかいものひとりあんない)』が出版されました。企画・編集にあたった中川五郎左衛門という人物は、希代のアイデアマンだったようで、掲載料を徴収して店の紹介をするという、おそらく当時としては画期的な広告媒体としての出版物を思いつき、さらに出稿料の多寡で掲載スペースを変えるということまでしています。このため、有名店であっても、出稿料を払わなかった店舗は掲載されていません。

■情報満載のガイドブック
とはいえ、上下巻と飲食店を扱った別冊の全三巻には、合計2600店舗以上のショップ情報があり、文化・文政という、町人文化が爛熟した時代のことを差し引いても、情報満載の貴重なガイドブックでした。また、もともと、大都市江戸に不案内な地方からの来訪者のために企画されたようですが、掲載されなかった店を加えれば、江戸市中には膨大な数の商店があったことになり、現代のようにネットや情報誌といった手軽な情報メディアのなかった時代、江戸に暮らす人々にも、大変重宝されたのではないかと思われます。
『江戸買物獨案内』中川芳山堂 編
京都、河南四郎兵衛他、文政7年 (1824)
神戸大学附属図書館住田文庫 所蔵
■一流の才能を起用
巻頭には、当時の人気狂歌師、大田南畝(蜀山人)が序文を書き、口絵の「東都大江戸の図」などを、すでに人気絵師となっていた葛飾為一(北斎)が描くなど、一流どころを起用しているところも、優れた企画力と心憎い演出が光っています。

■その内容は
さて、その内容はというと、いたってシンプル。屋号と紋、店主の名前、住所が基本で、稿料を高く払って誌面に余裕のある店では、自慢の商品や宣伝コピーが掲載されているものもあります。上下巻は、いろは順に分類された業種別に編集されており、江戸期の職業や業態、流通、人気の商品などを推し量ることができますし、業種によって商店が集中するエリアがあることも分かり、たったこれだけの情報でも丹念に読み込めば、当時のビジネスの勢力図、地勢図を理解することも可能でしょう。
また、別冊(飲食之部)は、「御料理」、「七色茶漬」、「あわ雪」、「女川なめし」、「御膳蕎麦」、「鰻蒲焼」、「寿し」、「餅志るこ」の8分類。こちらも、当時人気の料理、嗜好品が分かって、興味深い史料になっています。
ちなみに、歴史小説家として活躍された浅草出身の池波正太郎さんは、本書を頻繁に参照されたということで、台東区にある池波正太郎記念文庫には、氏の蔵書として全3巻が展示されています。

■江戸っ子の買物の味方
江戸っ子の気風(きっぷ)の良さを表現する言葉のひとつに、「宵越しの銭はもたない」というものがあります。ただ、これは食べたり飲んだりする、いわゆる「消えもの」に対する考え方で、実は、姿形のある物品を買うとき、江戸っ子は「三度考えろ」と言われて育ったそうです。そうして、いったん購入すれば、その姿形がなくなるまで大切に手を加え、使い回し、修理して長く使う。これが「勿体(もったい)無い」という思想の原点です。そういう意味では、江戸の庶民も物品購入に際しては、『江戸買物獨案内』をじっくり吟味したのかもしれません。




江戸見物四日免ぐ里(めぐり)

『江戸買物獨案内』とほぼ同じ頃に刊行されたのが、『江戸見物四日免ぐ里(めぐり)』。これは、かつて旅籠屋が集中していた日本橋馬喰町を起点に、東西南北方向をそれぞれ日帰りで巡り、都合四日間で江戸見物を満喫するためのモデルコースをイラスト入りで紹介したガイドマップです。
このホームページでは、三日目(北の方:浅草、向島)と四日目(東の方:両国、本所、深川)を古地図と現代の地図で辿ってみたいと思います。